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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2324号 判決

控訴人 甲野太郎

被控訴人 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 岩本公雄

同 塚本重雄

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の提出、援用、認否は、次のとおり付加するほか、原判決書事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

被控訴人代理人は次のとおり述べた。

一  被控訴人と控訴人との婚姻は破綻し、婚姻を継続し難い重大な事由がある。

二  被控訴人は控訴人に対し慰謝料としては金五〇万円の支払いを求める。

控訴人は被控訴人の右一の主張は争うと述べた。

《証拠関係省略》

理由

一  《証拠省略》を考えあわせれば、次の事実が認められる。

控訴人と被控訴人は昭和二四年五月三一日婚姻し、原判決別紙物件目録の宅地(以下本件宅地という。)上にある同目録の建物(以下本件建物という。)に同居し、当時控訴人は父の経営する洋食器製造業を手伝っていたところ、その後控訴人は右手伝いをやめ、控訴人と被控訴人は右建物において夫婦で洋服仕立業を始めた。控訴人は昭和三三年頃さらに共栄金属製作所という名称で洋食器の製造販売を営んだが、昭和三八年多額の債務を生じて倒産した。控訴人は昭和三〇年九月父より本件宅地および建物の贈与を受けてこれを所有していたが、右倒産による債権者の追及から本件宅地および建物を免れさせるために、被控訴人と相談のうえ、離婚と本件宅地および建物が被控訴人の所有であるかのごとく仮装することとし、控訴人と被控訴人は昭和三八年九月三〇日協議離婚届出をなし、かつ同年一〇月一日本件宅地および建物につき被控訴人のため贈与による所有権移転登記を経た。その後控訴人は単身埼玉県川口市に居住し、洋服の注文をとって本件建物に居住する被控訴人に注文書を送付し、被控訴人がそれを仕立て控訴人に送り返し控訴人が仕上げと代金の取立をするというようにして控訴人、被控訴人らの生計を維持してきたが、昭和四二年五月頃債権者に追及されるおそれもなくなったのと、右のような仮装の離婚をいつまでもそのままにしておくことは控訴人、被控訴人間の子梅子、松男の将来のためによくないということで、控訴人と被控訴人は同月六日再び婚姻届出をした。そしてその頃被控訴人、梅子、松男らも一旦川口市に赴いたが、手狭なため、同年九月頃控訴人は被控訴人らとともに全員本件建物に戻った。しかし同所では洋服の注文がとれないので再び控訴人は単身川口市に赴き、前同様にして控訴人、被控訴人らの生計を維持してきた。控訴人は昭和四九年五月頃本件建物に戻り被控訴人と同居するようになったが、同年四月頃被控訴人の母が本件建物へきて被控訴人とともに手提金庫を打壊してその中に控訴人が保管していた本件宅地および建物の登記済証を持ち去ったことがあった。

被控訴人は『控訴人と夫婦で始めた洋裁店が昭和三八年九月倒産し、控訴人は被控訴人に対し「自分はこのままでは切ないから、家も子供もお前にやる、俺は男だから東京で生活する」等々と勝手な事を言い、被控訴人と離婚をしてどこかへ行ってしまい、右洋裁店の債権者らが何人も被控訴人のところへ押しかけてきて強談した。』と主張するけれども、《証拠省略》中被控訴人の右主張にそう部分は前掲各証拠に照らして信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  被控訴人は「控訴人は昭和三一年頃から昭和三二年頃までにかけて乙山はるえ(またはちなつ、はる子等と称した。)と情交関係にあり、当時放蕩して金二〇万円以上を費消した。また控訴人はその後も洋裁店の女従業員としばしば情事の紛争を起したが、そのうち従業員の丙川月子と昭和三四年頃情交関係に入り、右関係は最近まで続いており、同女と同棲もしていた。」と主張するけれども、《証拠省略》中被控訴人の右主張にそう部分は《証拠省略》に照らして信用し難く、他に被控訴人の右主張を認めるに足りる証拠はない。従って控訴人に不貞があるという被控訴人の主張は理由がない。

三  《証拠省略》を考えあわせると、昭和四九年六月一〇日の夜被控訴人と梅子が銭湯から帰宅した際、家中の戸が閉って鍵がかかっており、被控訴人が不審に思って表の雨戸を外して入り、台所に風呂の道具を置きに行ったところ、いきなり控訴人が被控訴人を転倒させ、被控訴人の首を締め、「今日という今日は殺してやる。」とどなり、被控訴人に対し両上腕打撲、右前胸部打撲の傷害を被らせたこと、被控訴人が翌一一日夕刻控訴人に行先きを告げることなく本件建物から立ち去り以後現在まで別居生活が続いていることが認められる。《証拠判断省略》

四  被控訴人は「被控訴人は控訴人から悪意で遺棄された。」と主張するけれども、前記の認定事実をもっては、未だ被控訴人の右主張を認めるに足りず、その他被控訴人の右主張を認めるに足りる証拠はない。

五  被控訴人は「控訴人と被控訴人との婚姻は破綻し、婚姻を継続し難い重大な事由がある。」と主張する。

《証拠省略》を考えあわせれば、昭和四八年頃から梅子のことで控訴人と被控訴人、梅子らとは意見が対立し、殊に梅子が東秋成と結婚することについて被控訴人は賛成であったが控訴人は反対し昭和四九年六月一〇日控訴人の母のところへ被控訴人と梅子を連れて行き説得したが、被控訴人らは納得しなかったことが認められ、この事実と前記認定の事実から考えれば、控訴人の被控訴人に対する前記暴行は梅子のこと、殊に同女の結婚問題に関する意見の対立と被控訴人の母と被控訴人が本件宅地および建物の登記済証を持ち去ったことによる不満の餘り控訴人がその挙におよんだものであったと推認される(しかし右暴行のほかに控訴人が被控訴人に対し暴力を加えた形跡はなんら認められない。)。

しかし、《証拠省略》によれば、梅子の結婚問題は控訴人に不満があるにせよ梅子と東秋成は既に昭和四九年六月二九日婚姻届出をして結着し、控訴人、被控訴人間の意見の対立の原因は一応なくなっているものと考えられ、また控訴人の前記暴行は不法であることはいうまでもないところであるが、本件宅地および建物につき被控訴人のためなされた前記所有権移転登記が仮装のものであるにもかかわらず、被控訴人の母と被控訴人が控訴人の保管する本件宅地および建物の登記済証を持ち去ったことが控訴人に不満を抱かしめ、これが一原因となって控訴人の前記暴行を生ずるにいたったことは前記のとおりである。控訴人が被控訴人を被告として本件宅地および建物につき被控訴人のためなされた前記所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴を新潟地方裁判所三条支部に提起したことは弁論の全趣旨によってこれを認めることができ、夫が妻を相手方として訴を提起するということは異常なことに相違ないが、本件宅地および建物につき被控訴人のためなされた前記所有権移転登記が仮装なものであるにもかかわらず、被控訴人の母と被控訴人が控訴人の保管する本件宅地および建物の登記済証を持ち去りかつ被控訴人が昭和四九年六月一一日夕刻控訴人に行先きを告げることもなく本件建物から立ち去ったことを考えれば、控訴人の右訴の提起も無理からぬところというべきであり、かつ右所有権移転登記が本件宅地および建物を債権者の追及から免れしめる目的に出たものであるにしても、右所有権移転登記は夫婦間の信頼に基づきかつ夫婦共同の住居の保全をはかったものであって、右訴の提起をもって徒らに控訴人が不当な請求をするものと直ちにいうことはできない。被控訴人が本件建物を立ち去ってから既に三年余の別居生活が続いてはいるけれども、控訴人が婚姻の継続を望んでいることは明らかであり(右認定を左右するに足りる証拠はない。)、被控訴人の態度如何によっては婚姻の継続は必ずしも困難ではなく、たやすく控訴人と被控訴人との婚姻がすでに破綻し、その継続は著しく困難であるとは断じられない。その他本件に顕われた一切の証拠をもってしても、控訴人と被控訴人との婚姻について婚姻を継続し難い重大な事由があるとはたやすく認めることができない。従って被控訴人の右主張も採用し難い。

七  次に被控訴人は控訴人に対し慰謝料として金五〇万円の支払いを求めるので、この点について判断する。

被控訴人の離婚請求がいずれも理由がないことは前記のとおりであり、控訴人の前記暴行以外に慰謝料の原因となるような事実は認められない。そして控訴人の前記暴行が不法なことはもちろんであるが、前記のとおり被控訴人の母と被控訴人が控訴人の保管する本件宅地および建物の登記済証を持ち去ったことが一原因となって右暴行が生ずるにいたったのでありかつ右暴行によって被控訴人が被った傷害は結局前記のとおり打撲傷程度の軽微なものであったことを考えれば、右暴行について控訴人に慰謝料支払いの義務を認めるのは相当でないというべきである。

従って被控訴人の慰謝料請求は理由がないといわねばならない。

八  よって被控訴人の本訴請求はいずれもこれを棄却すべきであり、右と結論を異にする原判決は不当であるから民事訴訟法第三八六条によりこれを取消し、訴訟費用の負担につき同法第八九条第九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡松行雄 裁判官 園田治 木村輝武)

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